オフィスの帰り道、度々お店の前を通っていたけれど、暖簾を観たことがなかった。
なぜなら、ほぼ午前中で大福が売り切れて、その日の営業を終えてしまうから。


創業は1981年、粋な手土産で知られる「原宿・瑞穂」の豆大福。
手土産利用の箱買いが多いので、作ったそばから売れていく。


ひょっとして、あれは瑞穂だったのかも?


20代の頃、スキーリゾートホテルでベルサービスのアルバイトをした時のこと。
映画「鉄道員」のロケで出演者が長期滞在していた。
休みの日にロケを見学に行くと、現場で食事の炊き出しを一緒に囲ませて頂いたり、ホテルへ戻る帰路は「どうせ同じところに帰るんだから」と、専用車に同乗させて頂くなど、滞在中、俳優さん達はとても気さくに接してくれた。

高倉健さんが東京から戻ってきたある日。
「東京で美味しいと評判の大福なんですが、客室係の方々と、皆さんで」と、箱詰めの大福100個、お預かりした。
なぜ " 客室係と ″ だったのか。それは、ベットメイキングは重労働だというとご存知で、毎日お部屋を快適に整えてくれているという感謝の気持ちからだった。


当然ながら、客室係は100名もいない。
なので、皆さんで。に該当する宿泊係のフロント、ベルサービスも頂いた。

文字の書かれた袋に個包装された大福が、箱びっしり詰まっていた記憶。
あれは、瑞穂だったのか?

帰りがけ、忙しそうな女将さんに訪ねると、にこやかに話してくれた。

「その大福、食べなかったの?」
「食べました。美味しかったのだけど、袋に文字が入っていたことしか記憶になくて、、」

「どうだろうねぇ、高倉健さんが直接買いに来たことは無いけど、お使いの人が来ていたかもね」


あの大福が瑞穂だったか解らないけれど、
瑞穂の大福は、現場の差し入れとして沢山の方が利用しているということは、事実。

「どうだろうねぇ」

女将さんの言葉から、一つの商品で40年、都心に長く佇む自信と強さを感じる。

タピオカ屋・かき氷・韓国コスメ・流行を発信しては消える原宿の片隅で、私は仕事の在り方を考えされられた。


手渡された出来立てホヤホヤの大福は、柔らかいお餅に、溢れんばかりのこし餡が詰まっていて、
ずっしりとした重量感。

思わず「重っ」と声が出る。

あっさりとしたサラサラのこし餡に、赤いえんどう豆の塩味と柔らかなお餅が程よく馴染み、
多くの大人に支持されてきた原宿・瑞穂の豆大福は、一筋の強さの宿る逸品でした。

和菓子好きが嵩じて『和菓子ソムリエ』の称号を頂きました。
日本の人口減少、消費者の行動変化などから、消費財業界は厳しい産業が多い中、和菓子業界も例外ではありません。さらに今年の新型コロナウイルスによる経済活動の自粛。


寂しい未来を案じながら食べてばかりではなく、幼い頃からこし餡とお餅好きの「和菓子ファン」として出来ること、和菓子屋さんを訪れて知る日本の四季・慣わしや文化、会話から教わる魅力や体験を発信しようと考えました。


また【和菓子=老舗】も多い中、探訪で出会う若い職人さんが、新しい感覚で営むお店の応援も出来たらと思い「#お菓子飛行」としてSNSの発信をしています。


本業はマーケティングプランナーです。

化粧品会社(日系・外資系)で勤務経験15年。ブランドセールスの現場でマーケティンを学び、予てから思いがあり独立。「喜びと親しみあるブランドに」をミッションに、中小企業の消費財事業立上げ、初心者向けブランド入門講座の主催、ブランドマネージャーとなる担当者育成など、お手伝いをしています。 

詳しくは【赤坂美附 プロフィール】